おもちやけた

orokanaburogu

オルタナティブ・トーキョウ(19.3.16)

オルタナティブトーキョーというWWW・WWWXのイベントに行った

イベントを知ったのは数日前だった 

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はじめて生でみた折坂悠太と青葉市子がもう、とてもとても 素晴らしかった

 

折坂さんは音源で聴いていたもの以上に素晴らしく

感嘆する歌声と演奏にその人柄が加わって魅了され一瞬のステージだった


折坂悠太- 逢引/さびしさ(TOKYO MX LIVE in Music More)

 

青葉さんの出す音はすべて繊細な美しさが詰まっていてこんなにも人の歌声自体に美しさと神々しさを感じたのは初めてだった 至近距離で振動を感じて、マイクテストの音声をきいただけで涙が溜まっていった 感性もまた、天から下りてきたようで、美しく、優しく、すべてを包み込む手触りのいい素材のおおらかさ 天にいるようだけれどでもしっかり生命があって すべてに神を感じている わたしはこの人をずっと観ていたいと思った


青葉市子 - 月の丘 @ 全感覚祭2018

すぐに5/8のWWWのライブチケットも取った

 

最近はライブにあまり行かなくなっていたけれど、どんどん、やっぱり1人でライブを観に行きたいと思った 誰かといるとどんな仲にしたって集中できなくなってしまう 

 

まだ外が明るい時間なのでほぼ暗闇で、神経がずれてしまった気がする

 

歌を聴いても他のことを考えている

はやくそのことの続きを文字にしてみて考えたいと思っている

はやく終わらないかなってどこか思っている

 

 ーーー

今週はずっと死人のようだった

水曜日は会社も休んでしまった

毎日吐き気で朝方に何度か目覚める

気持ち悪いけど吐くものもない

考えていることは一つだけ 夢にもでてくる

 

 

なんだってひとつの意見に落ち着かせることができない

精神が分裂しているとしか思えない

<こうだ、その一方でこうかもしれない。>

というのは説としてはいいかもしれないけれど意見としては0点

 

自己嫌悪に陥るのは自分への期待が大きすぎるからなのだろう

青葉市子が「目が離れているからね おばあちゃん似なの」と綺麗な声が歌うように放った言葉にハッとした これだけでももう圧倒されてしまった

肯定と感謝が自分には圧倒的に足りていない

 

いつまでも思春期と同じことを繰り返しているんじゃあないよ

とはいえ今日も結局500kcalしか食べられなかった

ちゃんと食べると目標も立てたのに

きっとここからほんのちょっと綺麗になれたところで人の心は動かせない

 

誤解があって悔しくて

どうすれば少しでもわかってもらえるかと考え続けて

パワポの資料を作ってみようとか、動画を作って解説してみようとか

可視化してみようと構想するも、体力と気力がなくて進みやしない

実現せずに急にアドリブで殴り始めてしまうんだろうな

 

こうも、考えても、衝動的な行動でいつも壊してしまう

なにも大事に守れることもなく、いつも自分が壊してしまう

 

色んな命を踏み台にして生きていてちゃんと生きたい

本当は一日一日を無駄にしないような生活が理想、そりゃあもちろんそう

毎日を丁寧に生きて、今日も良い日だったなと思いたい

でも多分それは無理 絶対無理、だからたまに良い日ができたらそれでいい、長期的な目線が大事だよなんだって

そうだ 株をやりたいんだった

はやく口座開設したやつ届きますように

 

コントロールできる人間だったらな

コントロールが効かないからなんでもON/OFFしかなくて

記憶についてだってそう 消すか、残すかしかない 

薄れて残しておくことなんて絶対できない

意図的に消していきたいと思っても消せないものが多いけど

 

欲の抑制は本当にやりたいことや目的が決まっている人がやるべきだ

欲は生命力に大いに関わっているから急にカットしちゃあだめだ

単純に、ひとではない動物から三大欲求を抜いたらどうなってしまうのか?

たぶんすぐ死ぬだろうね

 

守るものや人があったら本当に日々が大変だろう

その重圧に自分は果たしてこの先耐えていけるのだろうか?

人ひとりともうまくやっていけることがないのに

まず自分を正していかないとしょうがないのに

世間の人たちは本当にすごいな

毎日はたらいて、ごはんたべてだけで大したもんですよ

色々なものが社会には求められていて すごいねえ

みんなえらい!

 

 

そもそも今回はじめた事は始まる前からいつか壊れるものだし自分が傷つくものであると完全にわかった上で踏み込んだものだった このことは友人にも相談していた

自分のもつ第一印象というのは結局合っている 印象が変化していくのはまやかし 巡り巡ってだいたい最初の印象が正しい これは婉曲させたことじゃない

だからそれはいつ終わらせるかだけの話 いつも使い捨てになんかなりたくなかった

 

きょうはWWWに行くまでセンター街からナンパの人がついてきた

目的や行動や職業を詳しくきいてみたい おカネになるのだろうか 

どんな形であれ自分に興味を持ってくれたことに対しては多少嬉しい気持ちにもなる だからそれで良しとして流れる人もいて、ナンパというものは成立するんだろう

一方で、本当に、個としての自分は全く認識されていなくて数多の人間の中の1個体としか思われていないのでいちいち喜ぶ必要は全くない バカっぽそうな恰好していると人が寄ってくるのがわかりやすい 

ナンパっていうのは見下した人間にしか声をかけません

触るのはよくないと思います 普通に

 

 

こわくて鯨工場が聴けない

なんでいちいち怖がる必要があるのかわからない

 

青葉さんのようにやさしいありがとうが言えるようになりたい

ほとんど春のせいです 春は好きなはずなのにな