おもちやけた

orokanaburogu

18年7月最近の話

ベトナム料理にハマっている

特にバインミー というベトナムサンドイッチ

 

北千住  フォーハノイ (not専門店)

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渋谷 バインミーバインミー
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恵比寿 バインミーベーカリー
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水道橋 バインミー☆サンドイッチ

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イートイン、各ハーフサイズ有f:id:ariki_com:20180717084437j:image

 

下北沢 バインミーバーバーf:id:ariki_com:20180717084432j:image

ハーフサイズ有

 

見た目がぜんぜん変わらなくてウケる

包み紙もいっしょだしパンにパクチー挟まってることしかわからないな

 

 

フォーもそれなりにハマっているし作ってもうまくなりがち というか店もどうせ同じ乾麺つかってる

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↑これちょっと上手にできた
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三連休はちょっと足を伸ばした

新大久保の人気店ベトナムちゃん
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f:id:ariki_com:20180717191713j:image初バインセオ

 

新大久保に行ったらそこは2002年の原宿・竹下通りだった ボロボロの店が立ち並ぶのに人は溢れかえっている 女性で溢れかえっている

ちょっと汚い狭いスペースで食べ歩き用の食べ物が売っていてどこもかしこも炎天下の中大行列 この国ではみんな手持ちの小型扇風機を自分の顔にあてがっていた この地だけ

アイドル屋 違法と思われるグッズ 焼いたDVD、顔のプリントされたCDケース、クリアファイル、なんでもあり 知らないグループとアイドルなのに懐かしくて懐かしくてたまらない

安い化粧品の効果のほどはいかほどなんだろう

私は知らない言語が書いてあるお菓子や化粧品を使えない 贅沢言うなって感じですか?

 

食欲に支配されて人生が殺される

食べることに支配されていく これから逃れることがどうしたってできないまま 食いもんの写真ばっかだな!と言われたのは中学生の頃からで食いもんばっか

美しく生きることが出来ず時が過ぎていく

先週、35歳の女性に悪意なく(ポイント)、同い年くらいですよね?とナチュラルに聞かれて思った以上にショックを受けてしまった

べつに若いことがいいことという価値観を持ってるわけでもないと思っているし、歳を取ることはステキなことだとは思うけど見た目だけ10歳先行してしまったのがとてもショックだったし、その歳に見られているのに精神がこんなにも未熟なことがとっても情けない

肌がすごく荒れていて、ニキビがたくさんあって、厚化粧な肌だったのとか色々いけないと思った

即、翌々日に皮膚科に行って色々改善できるように塗り薬やビタミンも貰ってきたし、美容院に行って整えてもらった 

でもそんなことよりこの産後太りと同じフォルムがいけないことが1番の原因だとはわかっていた

三連休の最終日の月曜夜、散歩していたけど、途中からジョギングというか走り出した サンダルなのに いてもたってもいられない焦燥感があった

 

幼い頃から走ることは死ぬほど苦手だ

なぜなんだろう?

走ることは自分のペースで長く走り続ければそれでいいだけなのに、速く走ることが偉くて、脚を速く動かせないやつはダメだと、そういう風に思い込んでとてもやる気をなくしてしまった

 

他人と比較するようなことばかりの環境は、そのことでやる気が起きる、またはより高める人がいる一方で、自分はその分野に必要がないんだと諦めてしまう作用も持っていた

脚の遅い自分は最下位から2番目から3番目と常に教室の小さな穴かたくさんあいた柔らかい壁の部分に貼り出される (とはいえ、パソコンのタイピングが早いと貼り出されて嬉しかったことも事実ある) ダメなものはダメだと諦めて遠ざけた 嫌いなことから逃げただけのことを、人のせいにするようだ

走ることって短距離で早ければ早いほどいいとかそういうことなのか?短距離走という観点からするとそうだけど 体力づくりという観点ではそうでは無いはずなのに、そのころは走ることはすなわち短距離走だった

 

性教育に影響されたからなのかわからないけど、他の人の長所は追わなくていいという感覚が染み付いた

自分より長けている能力を持っている人間が近くにいると途端に辞めてしまう

中学に入ると自分よりピアノが上手い人が沢山いた 虚しくなって辞めてしまった それこそ、ピアノは弾くこと自体が好きだったわけではなくて 毎週レッスンに行きたくないと愚図っていたけど同級生のなかでは上手いと褒められていて、それが嬉しいことだけがモチベーションだったから それを失ってしまった

特性が被っている人がいると、あ、自分はここからいなくなってオーケーだな!と補完の観点を常に持ち続けてしまう 自分を何だと思っているのか

 

個性強制時代に殺される

 

会社での面談でも、会社への意見はあるか聞かれても「みんなの環境が良くなるような提案」とかいう主体性のない意見しかつけられなくて、お前はどうなんだ?と聞かれ、死ぬほど言いたくない、自分の意見を死ぬほど言いたくない ないのかもしれない

 

写真を無知識で撮って楽しんでいるのも、料理を作って楽しんでいるのも、好きなグループの感想を長々と一年以上書き続けているのも、身近にプロがいなかったり、やっている人がいないから出来ているのかもしれない

友達に何人もカメラのプロがいたら、自分はやらなくていいんだ と思ってしまうのかもしれないと思った

ゆっくり学びの姿勢もなく徐々に、へえ、この設定にしたら明るくなるんだ〜とかやってるだけで楽しい

 

だから聞いてもいないのに長けている人にすごくアドバイスをされるとなんだかげんなりしてしまう だから何の能力も身につけられない

無能で落ち込む原因は自分のその怠りにあることは間違いない

プロフェッショナルには到底近くことのできないおこない

 

それでいいと思いたいのに無能であることの恐怖感が襲ってくる時期はなんなんだろう

 

 

とりあえず火曜日の今日も、夜、走ったりした  行き帰りも含めて6.5km 走ったり歩いたりした  きっと詳しい人にはしょうもない距離だと思うけど、自分にとってめちゃめちゃありえないくらいすごいな えらい!

なんだか健やかな感じがして満足

 

夏の夜の公園の風が気持ちよくて古くなった木のベンチのにおいが心地よかった

虫の声がきこえてきたからイヤホンをとって座っていたけど女性2人組みの話し声は他人の負の噂だったからすぐに形の合わないイヤホンをねじ込みなおした

 

ハライチのターン聴きながらニヤついて真っ暗な場所を歩いたりするの最高だな!

 

ま、仕事ぜんぜん終わってないんですけどね、、、、現実逃避でした アハ